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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)139号 判決 1969年5月14日

原告

佐藤康亮

被告

福島労働基準局長

盛岡英治郎

指定代理人

林倫正

外三名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める判決

原告―被告が昭和四〇年六月二七日付昭和四二年五月二四日原告到達の福島基発第四二四号をもつて、原告あてにした、「原告は労働者災害補償保険法による昭和三九年八月一九日から同年一〇月三一日までの休業に伴う休業補償として支給を受けた七一、三九四円を返納すべし。」との処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

被告―主文同旨

二、原告の請求原因<省略>

三、請求原因に対する被告の答弁<省略>

理由

一被告が昭和四〇年六月原告あて労災保険法による休業補償給付として七一、三九四円をすでに支給したと称しその返納を求める旨通知したこと、被告が昭和四二年五月二四日福島基発第四二四号をもつて原告あて右金員を納入すべき旨督促したことは当事者間に争がない。

二原告の請求の趣旨は必ずしも明確ではないが、請求原因と照合すれば、両者を行政処分であると主張しその取消を求める趣旨と善解すべきものである。

三よつてまず右通知及び督促が行政事件訴訟法三条二項にいう行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為といえるか否かにつき検討する。

(一)  原告が常磐開発株式会社に雇傭されその営む坑道掘進事業に従事していたこと、原告が難聴という障害を受けたこと、右会社の右事業に労災保険法が適用されていたこと、平労働基準監督署長が昭和四〇年六月原告に対し、「原告が難聴という障害を受けたのは、坑道掘進に関する業務上の理由によるものでなく業務外の理由によるものであるから、すでになした労災保険法による休業補償給付支給決定を取消し、これを支給しない旨決定する。」との趣旨の処分をなし原告に通知したこと、以上の事実はいづれも当事者間に争がない。

(二)  右の事実と前記当事者間に争ない被告の通知及び督促の事実並びに弁論の全趣旨を併せ考えると、署長は、「署長が原告の右障害を労災保険法にいう業務上の負傷又は疾病と認めて休業補償給付七一、三九四円を支給したけれどもこの支給決定は右障害が業務外の負傷又は疾病である以上誤りである。」と考え、右支給決定を取消し改めてこれを支給しない旨決定し、原告に通知したので、ここに既支給の右金員は法律上の原因を欠く給付となつたと判断し、一方歳入徴収官たる被告(福島労働基準局長)は昭和四〇年六月原告に対し右不当利得金の返還を求める趣旨の納入告知(国の債権の管理等に関する法律一三条参照)を行ない、さらに昭和四二年五月二四日原告に対し福島基発第四二四号をもつて右金員の納入督促をしたというべきである。

(三)  右事実にもとづくと、原告が休業補償給付を受けたか否かは別として、被告のした右納入告知及び納入督促は、国がすでに支給したとする右給付が法律上の原因を欠き、不当利得となつたことを前提とし、その返還を求めるための国の請求に外ならない。本件給付返還請求につき国税滞納処分の例によるといえない以上、右納入告知及び納入督促は民法上の不当利得債権にもとづく請求及び催告にすぎず被告が一方的に原告の義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められている行為でもないし、事実上そうなる可能性のある行為でもない。しからば被告の右納入告知及び納入督促は行政事件訴訟法第三条二項にいう行政庁の処分その他公権力の行使に該当しない。

四原告が取消を求める被告の行為は行政事件訴訟法三条二項に該当しない以上、原告の訴は不適法であり、この欠缺は補正できないから、これを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(沖野威)

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